身体から治すうつ ― 心の治療だけでは良くならないときに
皆さん、こんにちは。院長の千々岩です。
「うつ病なのだから、心を治療する。」
一見すると、当たり前のように思えます。
しかし、長年心療内科の臨床に身を置いていると、それだけではなかなか良くならない患者さんに出会います。
「気分は少し良くなった。でも身体が動かない」 「薬を飲んでいるのに、朝からひどくだるい」
「とにかく冷える。食欲もない」
そんなとき私は、いったん「こころ」から少し離れて、患者さんの「からだ」にフォーカスを当ててみることがあります。
当クリニックには、他のメンタルクリニックで治療を受けてもなかなか改善しなかった患者さんもよく受診されます。
その中には、「こころ」だけの問題ではなく、「からだ」の状態が、うつ気分や不安、パニック様症状などのメンタル不調に影響していると考えられる方もしばしば見受けられます。
今回は、その代表的なものをいくつか挙げてみましょう。
1.甲状腺疾患
甲状腺ホルモンは、私たちの身体の新陳代謝やエネルギー産生に大きく関わっているホルモンです。
この甲状腺ホルモンが不足する甲状腺機能低下症では、冷え、むくみ、体重増加、便秘、倦怠感などがみられやすくなります。
メンタル面でも、抑うつ気分、気力低下、眠気、集中力の低下などが出現することがあります。
一方、甲状腺ホルモンが過剰になる甲状腺機能亢進症では、動悸、発汗、手の震え、体重減少などがみられ、メンタル面では焦燥感、イライラ、不安感、不眠、さらにはパニック発作によく似た症状が出現することがあります。
そのため当クリニックでも、初診時の採血検査で甲状腺機能をチェックさせてもらうことが少なくありません。
実際、私自身の臨床でも、年に数人は甲状腺機能の異常がメンタル不調に関係していたと考えられる患者さんを見つけている印象があります。
バセドウ病や橋本病などの甲状腺疾患が疑われる場合には、甲状腺の専門医に紹介させていただいています。
2.糖質・炭水化物に偏った食生活

以前のブログでも触れましたが、ストレスを感じている人ほど、スイーツやパン、パスタ、ラーメンなど、糖質・炭水化物系の食べ物に手が伸びやすくなることがあります。
糖質を多く摂取すると血糖値が上昇し、その後、インスリンの働きによって血糖値は低下します。
この血糖値の上下動が大きくなった場合、いわゆる「血糖値スパイク」が起こり、場合によっては食後数時間で血糖値が下がりすぎる反応性低血糖につながることがあります。
血糖値が下がると、身体は血糖値を維持しようとして、アドレナリンなどのホルモンを分泌します。
その結果、
「突然ドキドキする」「手が震える」「汗が出る」「急に不安になる」
といった、自律神経の興奮による症状が出現することがあります。
これらはパニック発作の症状と非常によく似ています。
お薬による治療を行っているにもかかわらず、なかなか不安やパニック様症状が改善しない方の中には、食生活を詳しく伺ってみると、糖質や炭水化物にかなり偏っている方も少なくありません。
「不安だから心だけを治療する」のではなく、毎日の食生活から身体の状態を見直してみることも大切です。
3.ビタミンB群不足
うつ病や不安障害の治療を考えるうえで、よく知られている神経伝達物質の一つがセロトニンです。
セロトニンは、俗に「幸せホルモン」の一つとも呼ばれ、気分や不安などの調節に関わっています。
このセロトニンを体内で作るためには、材料となるトリプトファンというアミノ酸に加え、さまざまな酵素やビタミン類が必要となります。
その中でもビタミンB群は、神経伝達物質の合成だけでなく、食事から摂った栄養素をエネルギーへ変換する過程にも幅広く関与しています。
そのため、偏った食生活や過度の飲酒などによってビタミンB群が不足すると、身体や脳が本来の働きを十分に発揮しにくくなることがあります。
当クリニックでは、食生活や身体症状、検査結果などを総合的にみながら、必要に応じて栄養面からのサポートも行っています。
実際に、食生活の改善や必要な栄養素の補充を行ったことで、体調が改善し、その結果として不安や気分の落ち込みも軽くなった患者さんを経験することがあります。
4.鉄不足

当クリニックを受診される患者さんは、割合として女性の方が多いのですが、特に20代から40代の女性では、鉄が不足している方を非常によく見かけます。
鉄不足というと、
「貧血がなければ大丈夫」
と思われる方も多いのですが、実は必ずしもそうではありません。
血液検査でヘモグロビンの値が正常でも、身体に蓄えられている鉄の量を示す「フェリチン」が低下していることがあります。
つまり、
「貧血にはなっていないけれど、身体の鉄の貯金が少なくなっている」という状態です。
鉄は、赤血球を作るためだけに必要な栄養素ではありません。
先ほどお話しした神経伝達物質の合成にも関与していますし、細胞の中にあるミトコンドリアでエネルギーを作る過程にも重要な役割を果たしています。
そのため、鉄が不足すると、
「何となくだるい」「疲れやすい」「朝から身体が重い」「頭が働かない」
といった症状につながることがあります。こうした症状は、うつ状態と非常によく似ています。
実際、鉄不足の改善に伴って、疲労感だけでなく、気分や不安感などのメンタル面にも改善がみられる方は珍しくありません。
特に月経のある女性では、メンタル不調を考える際にも鉄の状態を一度確認してみる価値はあると思います。
5.冷え

多くの場合、うつ状態というと、脳内の神経伝達物質の働きにまず注目が集まります。
もちろん、それは非常に大切な視点です。
しかし、抗うつ薬を複数服用しているにもかかわらず、何年にもわたって抑うつ気分や強い倦怠感が続いている患者さんを、私はこれまで数多く診てきました。
そのような患者さんの身体を漢方医学的な視点から診ていくと、
「手足が非常に冷たい」「身体全体が冷えている」「胃腸が弱って食べられない」
「少し動くだけですぐに疲れてしまう」
といった状態が隠れていることがあります。
人間を含めた生体は、ストレスを受けると、最初はそれに対抗しようとして身体を活性化させます。
しかし強いストレスが長期間続けば、次第に身体は疲弊し、エネルギーを十分に作れなくなっていくことがあります。
手術や放射線治療など身体に大きな負担がかかった方、長期間の強い心理的ストレスにさらされてきた方、慢性的な疲労が続いている方などでは、このような状態を見かけることがあります。
私はこうした患者さんを診ていると、
「身体が冷えることで、心まで冷えてしまっている」
ように感じることがあります。
このような場合には、抗うつ薬をさらに追加するのではなく、漢方薬などによって身体を温め、胃腸の働きを整え、身体そのものが持っている回復力を支えることが、結果としてメンタルの改善につながることがあります。
心の治療には、「身体という土壌」も大切
私は、うつや不安の治療を「畑」にたとえて考えることがあります。
抗うつ薬やカウンセリングなどの治療が「種」だとすれば、それを受け止める私たちの身体は「土壌」です。

どれほど良い種をまいても、土が痩せ、必要な栄養が不足し、水はけが悪く、冷え切っていれば、なかなか芽は育ちません。
反対に、土を耕し、必要な栄養や水分を補い、植物が育ちやすい環境を作ってあげれば、同じ種であっても芽を出しやすくなります。
人間の身体も、それと少し似ているのではないでしょうか。
甲状腺機能に問題がある。血糖値が大きく変動している。鉄やビタミンなどの栄養素が不足している。
身体が疲弊し、冷えている。
こうした状態が存在すれば、心に対する治療だけを行っても、なかなか十分な効果が得られないことがあります。
だからこそ、なかなか改善しないうつや不安を診るとき、私は
「次にどんな薬を追加するか?」だけではなく、「この患者さんの身体という土壌は、きちんと整っているだろうか?」
という視点も大切にしています。
おわりに
いかがだったでしょうか。このように、身体の不調が心の不調へとつながっているケースは決して少なくありません。
もちろん、うつ病や不安障害に対する薬物療法やカウンセリングは大切な治療です。
しかし、それだけではなかなか改善しないときには、
「心だけでなく、身体の側にも何か問題が隠れていないだろうか?」
と考えてみることも必要です。
私たちの心と身体は、決して別々のものではありません。
身体を整えることで心が元気になり、心が元気になることで身体も回復していく。
そんな「心身一如」の視点から治療を考えることも、心療内科の大切な役割の一つではないかと私は考えています。