ハコカンサスペンス劇場 「トリカブト殺人事件」(`・ω・´)
皆さん、こんにちは。
この数か月、当クリニックでサプリ内服中の患者さんの中に、クリニック卒院となる人が相次いで出現してきており、医療経営のことを考えると、嬉しいような哀しいような、少し複雑な気分になっている私です(´・ω・`)。
まあ、患者さんが良くなって社会貢献に繋がっているということは、医者冥利に尽きるのですけどね 。
さて、今回のブログはいつもと趣向を変えて、サスペンスタッチで。
皆さん、トリカブトという植物をご存じでしょうか?
トリカブトとはキンポウゲ科の多年草トリカブト属の野草の総称であり、古来より毒草として有名です。
トリカブトの名前の由来には「ニワトリのとさかに似るため」とか、「烏帽子に似ているから」、雅楽の装束で被る「鳥兜(とりかぶと)」に似るためなど諸説あります。
トリカブトは植物成分としては最強の毒と言われており、洋の東西を問わず、毒薬として用いられてきました。ギリシャ神話においては、地獄の番犬「ケルベロス」のよだれから発生したと言われ、古代ローマにおいては、夫の連れ子を殺すために用いられたことから「継母の毒」とも言われました。またアジアではアイヌ民族がクマを狩る時の矢毒として用いていました。
ちなみに日本では漢方薬として用いられる場合は「附子(ぶし)」、毒としては「附子(ぶす)」と呼ばれていました。
附子とは、トリカブトの茎が出る母根の周囲の、新しい芽をつけた子根のことを指し、「母に附く子」という意味に由来します。
毒薬としての附子(ぶす)ですが、東海道四谷怪談でお岩さんに飲ませたのはこの「附子(ぶす)」という説もありますし、私が小学6年生の時、国語の教科書には狂言「附子(ぶす)」が載っていました。
(召使二人が、主人の留守中に、猛毒だから食べるなと言われた桶の中の水あめを全部食べてしまいました。二人は一計を案じ、主人が大切にしていた骨とう品を壊しまくり、秘蔵の品を壊した罪滅ぼしに附子で自殺しようとした、というオチです)
また、現代では使用されてはいけない言葉ですが、器量が残念なことを「ブス」というのは、附子を口にすると顔面神経麻痺がおこり、無表情になるということが語源となった説があります。
このようにエピソードには事欠かない、曰くつきのトリカブトですが、約40年前に保険金殺人事件の毒薬として用いられ、日本全体を震撼させました。1986年に起きた「トリカブト保険金殺人事件」です。
事件の概要は以下のようになります。。
33歳の女性が沖縄旅行中、石垣島到着後、ホテルのチェックイン直後に大量の発汗、悪寒、手足のマヒで救急搬送されたが、救急車内で心肺停止に。旅行中、先に大阪に帰った夫からは、妻に1億8500万円の保険金が掛けてあり、毎月の掛け金支払いは18万円にのぼっていた。さらには夫の前妻二人も謎の死を遂げていた。
解剖した医師は、死因を心筋梗塞と診断したものの、急死につながる異常が心臓の小さな鬱血以外に見当たらないことから、心臓と血液を保存しておいた。
その後の捜査で妻の死体からはトリカブトの薬理成分であるアコニチン、メサコニチンが検出。妻は夫オリジナルの栄養剤を普段から飲用していた事実が明らかになった。
警察からは使用毒物として、トリカブトが疑われたものの、即効性の毒のために夫にはアリバイあり。
(夫婦が最後に接触したのは午後0時であり、妻が石垣島で死亡したのは午後1時20分、この間約1時間半のタイムラグが存在)
しかし、警察側の執念の捜査により、夫の自宅からアコニチン以外にフグの毒であるテトロドトキシンが検出。さらに、夫は自宅に簡易版の研究室を作り、マウスを用いて実験をしていたことが判明…。
なんと夫はトリカブトの毒アコニチンとフグ毒のテトロドトキシンをミックスさせ、遅効性の毒薬を作って妻に飲ませていたのです。
薬理的な話をしておくと、アコニチンはナトリウムイオンチャネルを開き、神経細胞内にナトリウムイオンの流入を引き起こし、神経興奮をおこします。それに反して、テトロドトキシンはナトリウムチャンネルを閉じる方向に働くため、この二つの毒は拮抗作用をもっているわけです。
犯人は、マウスによる実験を続けることでこの二つの毒の黄金比を見つけることに成功したのでした。
テトロドトキシンの方が半減期が短いために、遅れてからアコニチンの毒性が発現する、いわゆる「毒の時限爆弾」を作っていたことが明らかとなり、犯人には無期懲役の判決が言い渡されました。
それこそ、サスペンス劇場2時間ものが一本できるほどの内容であり、まさに「事実は小説よりも奇なり」を地でいく事件と言えるでしょう。(最後は断崖絶壁での犯人の独白とはならなかったでしょうが…。)
しかし驚くのはこれだけではありません。
実は中国の元の時代末期(1360年代)に成立した『輟耕録 (てっこうろく)』という随筆集に、トリカブトとフグ毒の拮抗作用について、記されてあるのです。曰く「河豚は烏頭・附子を悪む」…。(フグの毒とトリカブトの毒は相殺作用を持つ)。
犯人が中国古典に関しての 知識があったのかどうかは定かではありませんが、薬理学的な知識を真っ当に使えば薬として人を救うことにもなるでしょうし、自分のエゴや欲望の為だけに使えば、毒による殺人にも繋がる…。
昭和のロボットアニメ、「マジンガーZ」の有名なセリフ「それは、神にも悪魔にもなれる」を思わず思い出した院長なのでした(;^_^A。
追伸:漢方薬に用いられる附子(ぶし)に関しては、高圧蒸気による減毒処理が十分にされておりますので、どうぞご安心ください。